私の父は美容師として、25歳で駒場東大前に自分の店を開いた。おそらく33歳くらいで私が生まれた。それからすぐにパチンコにのめり込んでいった。
パチンコで3000万円近くの借金をして、店をたたみ、1000円カットで働き、離婚して、最後は借金を返しながら癌で死んでいった。普段、人前では温厚でユーモラスだった父は、最後の職場で暴れたそうだ。なぜこんな目に合わなければならないのか、と。なぜ俺はこんな失敗した人生を送ることになったのか、と。
正直なところ、迷惑を被っている側なので、父に対してほとんど同情の念はないが、ギャンブル依存を生み出した社会に対しての怒りはある(ただ別に、特にギャンブル業界に怒りが強くあるわけではないが)。そして同時に、それ以上に、「ギャンブル依存症」という特定の人間の状態に強く興味を惹かれる。
ひとをいとも簡単に破滅させるギャンブルというのはどういう仕組みなのか。以前も書いたかもしれないが、こんな実験がある。
パターンA:ラットがボタンを押すと、必ずエサがひとつ出てくる。
→このパターンを学習するとラットは満腹になるとボタンを押さなくなる。
パターンB:ラットがボタンを押すと、ランダムにエサが出てくる。出てくるときもあれば、出てこないときもあれば、大量に出てくることもある。
→このパターンを学習するとラットは空腹と関係なく、ボタンを連打し続けるようになる。
ギャンブル依存の核心は、報酬系(ドーパミン系)の刺激にある。特に「変動比率強化(variable ratio reinforcement)」と呼ばれる、いつ当たるかわからない報酬が強力な中毒性を持つ。これを導入しているのがパチンコやスロット、あるいは現在ではスマホゲームのガチャだ。ドーパミンは「快楽を感じたとき」よりも、「報酬を期待するとき」に多く分泌されるため、「もう一回……!」が止まらなくなってしまう。
これをさらに特定の個人に対して、ターゲットしていくのが、オンラインカジノだという。NHKスペシャルの『オンラインカジノ “人間操作”の正体』では、オンラインカジノの仕組みを発明した人間が出てきて、人間を操作する方法を語っている。「依存をデザインする」のだ。
人間を依存症に陥れるには三つのプロセスがあるという。
・監視:個人情報と監視履歴を元に仮想人格を作り、未来の行動を予測しギャンブルへと囲い込む。
・分類:利用価値があるかどうかを見極めて、分類する。
・操作:ちょっとした刺激を与える、負けた相手にボーナスを与える。
「私は特別に扱われている」そう思い込むよう しむけるのです。
「ハッピー・ピル」を脳に与えたいのです、ほんの小さな「ハッピー・ピル」です
これであなたはオンラインカジノの奴隷、「人間操作」です
依存症に壁はない 誰でもなれる、誰でも
個人の意志は関係ない
あなたは家を失い、仕事を失い、家族を失い、命を失います
NHKスペシャル『オンラインカジノ “人間操作”の正体』より
確かに怖い話だが、おそらく現代における問題はオンラインカジノだけにとどまらない。ポスト・フォーディズム以降の「モノ」ではなく、「コト」を消費させる現代の資本主義は、多かれ少なかれこの依存症がマーケティングに組み込まれているだろうと考えられる。「ハッピー・ピル」はすでに手元(スマホ)にある。たとえば『Hooked ハマるしかけ』を参照。
昨日紹介した『プリズム』における議論と合わせて、プラットフォーマー(GAFAM)の独占時代におけるより普遍的な事柄として、人間の認知が最新技術によってどのようにコントロールされうるのかという問題を考え、社会的に是正していかなければならないだろうと思う。